日記・コラム・つぶやき

雪の御調八幡宮

H2018  1月20日、太平洋側を低気圧が通過し15cmの大雪が降りました。続いて、1月28日にも10cmの雪が降りました。21日撮影した境内の写真を添付しました。ホンとは、楠やシイの木の枝が折れて落ちたり、古木の椎の大木が倒れたり、境内内は大混乱状態でした。片付けたところで、2度目の大雪でしたが、枝の落下はほとんどみられませんでした。まだまだ、折れた枝が樹上にかかっていて、注意を呼びかける掲示物がありました。写真の好きな人が何組も撮影にきていました。まだまだ5~6cmの雪が残っているところもあります。H2002

 さて1月8日には見延典子氏が歴史と観光の会の人と取材に来て、頼山陽の文学碑・御調八幡宮について見聞していかれました。氏は『頼山陽』を中国新聞紙上で連載され、徳間書店から上下2巻で出版されました。この度、三原の商業界三原同友会が氏を招いて文化ホール「ポポロ」で1月19日(土)14:00~16:00に講演会を開催されました。当日は千人に近い来場者があり、大盛会でした。山陽の尊王論に触れる中で、光格天皇の話が出てきたことにびっくりしました。御調八幡宮には、光格天皇の御常器といわれる茶碗があるといわれます。光格天皇は、老中松平定信の時尊号一件という事件で退位された天皇さんです。これに先立って、宝暦・明和事件という垂加神道による尊王論もありましたが触れられませんでした。しかし、仏通寺の岩に掘られた「尊皇」が山陽との関係から出ていることがわかりました。

 近々起こったことを雑感として記しました。

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