御調八幡宮の末社和気神社で茅の葺き替え研修

御調八幡宮の末社、和気広虫姫・清麻呂公をまつる和気神社で(社)全国古社寺等屋根工事技術保存会による茅葺き屋根の葺き替え研修が9月1日から始まり、9月9日には全国から関係者、名誉会長鈴木嘉吉氏・会長田中敬二氏・岡山理科大学建築学科教授江面嗣人氏・文化庁文化財調査官武内正和氏他49名が集まり、選定保存技術保持者隅田隆蔵氏指導の茅葺き屋根の見学会が行われました。

 御調八幡宮は、神護景雲3(769)年和気広虫姫(法均尼)によって宇佐八幡宮を当地に勧請され、創祀されました。続日本紀や日本後紀の和気広虫伝・和気清麻呂伝によれば、道鏡事件で神護景雲3(769)年に和気広虫姫は備後国へ、和気清麻呂公は大隅国に配流されました。和気広虫姫が弟和気清麻呂公の安寧を願って八幡神を勧請したと伝えられています。八幡神は、本殿に祀られ平成15年重要文化財の指定を受けています。
 社殿の創建は、宝暦8(777)年藤原百川公の所領寄進に伴ってなされたと伝えられ、百川像と伝えられる広島県重要文化財に指定された木造男神坐像があります。
 和気神社は、神仏習合時代の江戸時代まで毘沙門堂と呼ばれ四天王の一仏を祀っていました。毘沙門像は現在収蔵庫に保存されていますが、安土桃山から江戸時代前期頃の作と考えられています。明治時代になって、神仏分離が行われると当宮の仏教色は払拭されます。神宮寺の廃寺、毘沙門堂の和気神社変更、観音堂の彰徳神社変更、鐘楼の廃止、一部末社の名称変更や廃止などが行われました。
 元来八幡宮は、神仏習合の代表的な神社で宇佐八幡宮・石清水八幡宮を始め全国の八幡宮は神仏分離で多大な変更を余儀なくされました。当宮においてもしかりで、元来七堂伽藍形式の八幡宮であります。
 当宮の特色は、地方の神社として神仏分離に伴う廃仏毀釈が文化財分野において必ずしも徹底されなかったことです。そのため、広島県においては厳島神社に次いで多くの重要文化財を所有することと春日版の写経を多く所有することです。平成15年指定の八幡神像7体は、八幡神像として最古の平安初期9世紀のものといわれ彫刻史分野で関心が持たれています。
 さて、社殿群についてでありますが、次のようになっています。
                                                                              
│名称       │桁行   │梁行    │建坪      │建築年           │摘要                  │

│本殿       │7.30間 │5.30間  │41.25坪  │寛政10(1788)   │元柿葺、現銅板葺

      
│拝殿       │6.20   │3.45    │23.74     │寛文 5(1665)? │元柿葺、現銅板葺      

│神楽殿     │6.00   │4.00    │24.00     │嘉永 6(1853)   │瓦葺                   │

│楼門       │4.00   │2.40    │10.50     │宝永 4(1707)   │元瓦葺、現銅板葺       │

│三重塔     │2.30   │2.30    │5.29     │              │倒壊                   │

│若宮       │3.00   │2.30    │7.50     │文化15(1818)   │元瓦葺、現銅板葺       │

│彰徳神社   │      │       │        │宝暦11(1761)   │瓦葺、元観音堂         │

│和気神社   │2.10   │1.50    │3.27     │文化13(1816)   │茅葺、元毘沙門堂      │

│神庫       │2.00   │2.00    │4.00     │元文 4(1735)   │茅葺 、元経蔵   │

その他境内末社 地主神社・厳島神社・住吉神社・稲荷神社・春日神社        

                       ・高良神社・祇園神社・気比神社

境内外末社   貴船神社

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御調八幡宮の桜開花

西の吉野といわれる御調八幡宮の桜が咲き始めました。その数1000本を越え、八幡川沿いや境内など各所に見られます。満開は例年のごとく4月10日頃と見られます。4月4日現在の写真を掲載します。また、チンチョウゲが鳥居まえによくにおっています。クリスマスローズ・ぼけ・雪しだれ・レンギョなども咲き出しました。思わぬところにサンシュウや木蓮も見られます。ピンクの玉椿も可憐でした。これらの写真はご自由にご利用ください。

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桜の名所御調八幡宮

御調八幡宮は西の吉野ともいわれ、知る人ぞ知る桜の名所です。太閤秀吉公が三原城に入城した際にも参詣し、桜を植樹したと伝えられています。その桜は戦中に枯れてしまいましたが、江戸時代に広島藩主お手植えのしだれ桜は約200年たちます。御調八幡宮の樹木は幹周りは大きくありませんが、それは土壌が肥沃でないためです。見た目より古い樹木が多く、年輪の詰まった樹木になっています。

桜の種類は、しだれ桜約500本、ソメイヨシノ約800本、エドヒガン・山桜・八重桜約200本で、参道沿いに参詣者を迎えてくれます。和気神社からの展望やダムに向かう道沿いのしだれ桜、またダムの中の桜と思わざるところに桜が見られます。001 006 016 019 021 039 046 049

これらの写真はご自由にご利用ください。

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御調八幡宮で国際交流

H201_043_thumb_2 2月29日(金)午後、八幡小学校の児童24名と広島大学の留学生11名の交流会がありました。八幡小学校は、英語先取りのモデル校として、昨年は学習発表会も行われた学校です。この度、その成果を示すべくアメリカ・イギリス・インドシナ・マレーシア・タイの留学生を桜の名所でもある地元の御調八幡宮に招き神社の案内を上級生が中心となってしました。

秀吉お手植えの桜や神社の建物も説明など物怖じせず、しっかりと説明し、留学生からもその素直さと一生懸命さをほめられました。

学習交流会ということで、広島大学の先生2名、教育委員会の職員2名、H201_044_thumb 八幡小学校から教頭先生と教員2名、町内会から会長の河原氏、市内の英会話関係者数名が参加して大変賑やかな交流会となりました。

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八太郎の趣味

H201_048 H201_049 H201 八太郎は30年来洋蘭の栽培を趣味としています。今年は石油の高騰で昨年11月にはネットを張って石油の消費を押さえています。例年のごとく洋蘭が咲き出しましたので紹介します。H201_053

カトレアは80株、シンビジュウムは50株、デンドロ60株をH201_051 栽培しています。カトレアはアンザックがよく咲きます。Katore2 Katore15 H202 Dendo2 Katore4 H201_057 H201_047 H201_052

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雪の御調八幡宮

H2018  1月20日、太平洋側を低気圧が通過し15cmの大雪が降りました。続いて、1月28日にも10cmの雪が降りました。21日撮影した境内の写真を添付しました。ホンとは、楠やシイの木の枝が折れて落ちたり、古木の椎の大木が倒れたり、境内内は大混乱状態でした。片付けたところで、2度目の大雪でしたが、枝の落下はほとんどみられませんでした。まだまだ、折れた枝が樹上にかかっていて、注意を呼びかける掲示物がありました。写真の好きな人が何組も撮影にきていました。まだまだ5~6cmの雪が残っているところもあります。H2002

 さて1月8日には見延典子氏が歴史と観光の会の人と取材に来て、頼山陽の文学碑・御調八幡宮について見聞していかれました。氏は『頼山陽』を中国新聞紙上で連載され、徳間書店から上下2巻で出版されました。この度、三原の商業界三原同友会が氏を招いて文化ホール「ポポロ」で1月19日(土)14:00~16:00に講演会を開催されました。当日は千人に近い来場者があり、大盛会でした。山陽の尊王論に触れる中で、光格天皇の話が出てきたことにびっくりしました。御調八幡宮には、光格天皇の御常器といわれる茶碗があるといわれます。光格天皇は、老中松平定信の時尊号一件という事件で退位された天皇さんです。これに先立って、宝暦・明和事件という垂加神道による尊王論もありましたが触れられませんでした。しかし、仏通寺の岩に掘られた「尊皇」が山陽との関係から出ていることがわかりました。

 近々起こったことを雑感として記しました。

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すす払い・高良遷座祭

Dsc_2393  御調八幡宮恒例のすす払いが、12月8日(土)に行われました。町内老人部主催、小学校児童の協賛で他に児童の保護者、宮総代が参加し、総勢70名によるすす払いでした。1万坪の境内の内、参道・大庭の清掃と巨大社殿群の一部本殿・拝殿・若宮社・神楽殿・楼門が清掃されました。

 小学校の児童は、春の例祭には県の無形民俗文化財「花踊り」の奉納、秋の例祭には太鼓演奏の奉納、すす払い、3・4年生による歴史の勉強会と郷土のために大活躍でした。

Dsc_2415_2  御調八幡宮の末社高良神社が新築再建されました。12月13日(木)に奉納者・関係者が参集し遷座祭が行われました。明治初期の境内図にあった高良神社が倒壊し、復元されずに来ましたが、この度当宮の熱心な信仰者が一宇建立をしてくれました。八幡宮と高良神社は、かの「徒然草」に記される仁和寺の法師の話にも出てきます。

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学術調査

A08_mokuzo_4  紅葉もだいぶ落葉し、晩秋の様相を深くしたこのごろですが、11月30日、東博・文化庁・森林総合研究所より文化財指定物件の材質調査がありました。これまで専門家の経験から材質の報告がなされていましたが、植物学の分野からの研究となるようです。時代判定は、この調査では不可能とのことです。科学的な材質確定ができることを期待しています。

 12月1日、恒例の月次祭が行われ、各末社にも米・酒・塩・水などが供えられました。末社、高良神社は明治はじめの境内図には記載されているのですが、この50年来社殿が倒壊していました。この度社殿の新築がなりました。今後遷座祭を実施して、氏子・崇敬者の家内安全・商売繁盛など守護していただきます。

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御調八幡宮の秋

 御調八幡宮は、広島県三原市に鎮座する神社です。三原駅から県道東城線を車で20分、山陽道三原・久井インターから尾道市御調町・府中市に向かって車で5分の位置にあります。

Dsc_2405  赤い橋を入りますと参道に当たり、両側には桜・雪柳・五月などが植栽されていて、駐車場に続きます。駐車場の周囲には紅葉・どうだん躑躅・桜・雪柳・五月が植えられています。秋には紅葉・どうだん躑躅が、紅葉し大変美しい景色をなしています。

 駐車場は、2カ所あり、50台の車とバス2台の駐車が可能です。トイレもありますので休憩に利用する人もいます。御調八幡宮の周囲は、県立自然公園・河川公園・椎の原生林の指定を受けた、山野草や原始時代の自然を残した中国地方の代表的な里山であり、鎮守の杜であります。

 竜王山(標高665m)から仏通寺にぬける遊歩道、また県営のキャンプ場もあり、春・夏・秋にはよく利用されています。

 神社の創始は、和気広虫(法均尼)姫が、道鏡事件で備後国に流されたときに宇佐八幡宮の神を所持した手鏡に勧請し、弟清麻呂の身の安全を祈念したという伝えによります。

Honden  社殿規模は、広島県でも五指にはいる神仏習合の遺構を残す七堂伽藍形式の神社です。境内地は2町歩、境内林は30町歩で、八幡川に沿って散策を楽しめる自然公園です。

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